大判例

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東京地方裁判所 平成5年(ワ)70340号 判決

原告

株式会社増田商工信用

右代表者代表取締役

増田斌久

右訴訟代理人弁護士

下島正

被告

大山興業株式会社

(以下「被告大山」という。)

右代表者代表取締役

大山浩成

右訴訟代理人弁護士

小川清

被告

株式会社宮入バルブ製作所

(以下「被告宮入」という。)

右代表者代表取締役

大山哲浩

右訴訟代理人弁護士

塩川哲穂

主文

一  右当事者間の当庁平成五年(手ウ)第一四五号約束手形金請求事件について、当裁判所が平成五年六月二三日に言い渡した手形判決中、原告の請求の減縮後の請求に関する部分を認可する。

右手形判決中原告が請求を減縮した部分は失効した。

二  異議申立後の訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告に対し、三二三二万円を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  事案の概要

1  本件は、別紙手形目録記載の約束手形一通(以下「本件手形」という。)の所持人である原告が本件手形面上振出人及び第一裏書人と各表示されている被告大山及び同宮入に対し、本件手形金の内金三二三二万円の支払を求めた事案である。

2  被告らは、本件手形の振出及び第一裏書は、いずれも偽造である、すなわち、本件手形は、平成四年一〇月二〇日ころ、当時被告らの取締役であった大山沢成こと孫澤成(以下「沢成」という。)が生田寿美、清家一郎らからなる手形偽造の教唆グループにそそのかされて、被告らについて手形行為をする権限がないのに、被告大山の金庫から三菱銀行用の手形用紙一六枚を盗み出し、ほしいままに被告らの記名印及び印章を冒捺して、額面金額いずれも一億円、被告大山振出、同宮入裏書の約束手形一六通を偽造して清家に交付したものの一通であり、かつ、原告並びに本件手形の前所持人である鍋島隆及び大久保勝治は、右事情を知って本件手形を取得した悪意の所持人であると主張した。

3  これに対し、原告は、沢成は当時、被告大山の常務取締役として手形の振出権限を、同宮入の取締役として手形の裏書権限をそれぞれ有していたから、本件手形の振出及び裏書はいずれも真正である、かりにそうでないとしても、沢成に対し、被告大山は常務取締役の、同宮入は取締役の名称をそれぞれ付与し、原告は、右名称を信頼して、沢成には本件手形の振出及び裏書の権限があると信じて本件手形を取得したから、被告らは商法二六二条による責任を免れないと反論した。

4  本件の争点は、①本件手形の振出及び裏書が真正であるかどうか、②被告らが商法二六二条に基づく責任を負担するか否か、である。

三  証拠関係

証拠関係目録の記載を引用する。

四  争点に対する判断

(争点①について)

1  証拠(甲一号証の一ないし三、二ないし五号証の各存在、六号証、一八号証、乙イ一ないし四号証、乙ロ一ないし一〇号証、一二ないし一九号証、証人大山沢成、被告大山代表者、被告宮入代表者、原告代表者の一部)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これに反する甲二〇ないし二二号証、原告代表者尋問の結果は、前掲各証拠に照らしたやすく信用できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 被告大山は、パチンコ店の経営を目的とする株式会社であり、平成三年七月期の年商は約四〇億円であった。被告大山は、被告宮入の現代表者である大山哲浩の一人会社であるが、その経営は、昭和六〇年七月二〇日以降同人の妻である大山淑子の手に委ねられ、平成四年九月から同年一二月当時は、同女が代表取締役社長として次男の浩成とともに会社の業務運営に携わった。哲浩、淑子の長男である沢成は、淑子の意向により昭和六〇年七月二〇日被告大山の常務取締役に就任したものの、昭和五九年一〇月に被告宮入に入社し、同社の業務に専念していたため、被告大山の取締役会に出席したことも、実際の業務に従事したこともなく、社長代行として、実際に同社の業務運営に携わっていた弟の浩成の相談に預かる程度の役割しか果していなかった。

被告大山は、平成四年九月から同年一二月当時は被告宮入の本社の一角を間借りして本社業務を行っていたが、この間本社に常勤するのは淑子、浩成を含めて三、四名であった。被告大山は、業務の性質上、現金による支払が主であり、手形による決済は月五件程度で、額面金額も、五、六〇万円であった。被告大山の手形の振出権限は代表取締役社長である淑子と社長代行の浩成がこれを有し、額面金額が二〇〇万円以上の手形については淑子が自分で会社の実印を押捺し、二〇〇万円より少額のものについては淑子の決裁を得て銀行への届出印を押捺する取扱いとされていたが、これまでに、額面金額が二〇〇〇万円を超える手形が振り出されたことはなく、沢成が被告大山の手形振出にかかわったこともなかった。

(二) 被告宮入は、東京証券取引所第二部上場のバルブ・プラント類等の製造メーカーであり、平成四年九月期の資本金は二三億一五〇〇万円、年商は約五一億円、従業員数約二〇〇名であった。被告宮入の平成四年九月から同年一二月当時の常勤の役員構成は、代表取締役社長大山哲浩、副社長渋川栄作、専務取締役笠島秀夫(経理担当)、取締役小山隆夫(甲府工場長)、同佐藤圭司(営業本部長)、同沢成(総合企画室長)であった。被告宮入は、取引先(原材料の納入先)に対して毎月末日締切り、翌々月一〇日に期間一五〇日の約束手形払いという決済処理をしてきたが、一か月の手形振出枚数は平均して一〇〇通から一二〇通、金額にして二億五〇〇〇万円から二億六〇〇〇万円に達する。被告宮入の手形の振出権限は社長と経理担当の専務取締役笠島のみがこれを有し、笠島が手形の振出権限を授与されていることの対外的な表示として、被告宮入振出の手形には金額欄の横に「笠島」の三文判が押捺された。そして、沢成ら他の取締役には手形振出の権限は一切なく、沢成の被告宮入における手形振出への関与は、社長が出張等で不在時に手形振出の形式的事項のチェックのために立会を求められて立ち会ったことが一、二回あった程度であった。また、被告宮入は、受取手形に裏書をすることを禁止しており、この点についてはこれまで一回の例外的取扱いもされることなく厳守されてきた。被告宮入は、これまでに額面金額が五〇〇〇万円を超える手形を振り出したことも、いわゆる融通手形を振り出したこともなく、手形訴訟を起こされたことも一度もない。

(三) 沢成は、アメリカに留学してMBA(経営学部修士課程)の資格を取得し、昭和五九年一〇月被告宮入に入社し、社長の長男として、平成三年一二月には取締役総合企画室長に就任し、被告宮入の総務部門、コンピューターを利用した企画部門を担当した。

沢成は、平成四年六月初旬、有限会社五陵商事の経営者である清水昭一から自称生田寿美なる女性を紹介され、同女から二、三〇〇億円の金を年利2.5パーセント程度で長期(一〇年以上)に融資するとの話を持ちかけられた。生田と清水は、右融資をえさに沢成に対し、「五陵商事が倒産しそうだが、五陵商事が右融資の窓口になっているため、同社が倒産すれば、右融資も実行不可能になってしまう。大山興業で手形を振り出してくれれば、それを預託して現金を作り、九月二四日には確実に融資が実行される。」と申し向け、現金を作るプロとして株式会社橘の橘徹を紹介した。そして、沢成は、橘に言われるまま、平成四年九月五日ころ、朝早く出勤し、被告大山の金庫から三菱銀行有楽町支店発行の手形用紙と印鑑等を勝手に持ち出し、額面金額一億円の約束手形一〇通を偽造して橘に交付した。沢成は、これを皮切りとして、右融資話につられて、生田、清水にそそのかされるまま、九月一〇日にも被告宮入の大金庫の中からさくら銀行用の手形用紙二枚と協和埼玉銀行用の手形用紙一枚を抜きとり、同社の印鑑等をほしいままに冒用して、金額二億円、支払期日平成四年一〇月三〇日の被告宮入振出名義の約束手形三通を偽造して橘に交付し、さらに、九月一七日には橘に対し、被告宮入の印鑑証明書、法人登記簿謄本のほか、自ら作成した被告宮入名義の振出証明書なる書面を交付した。沢成は、九月二一日、生田、清水、橘と会い、手形の返却を求めたが、協和埼玉銀行分の手形一通は返還を受けられず、九月二四日に予定されていた融資の実行も受けられなかった。

(四) 沢成は、その後も生田に対し、未返却の手形の返還を求めたところ、一〇月初旬、生田は、手形引上げのプロとして清家一郎を紹介した。

沢成は、一〇月二〇日ころ、清家から「橘は今全くお金を持っていないから、金を出せといっても無駄だ。ダイヤモンドが安く手に入るので、これをうまくさばくことにより二億円の金を作ったらどうだ。もうこれ以外に方法はない。大山興業振出で宮入バルブ裏書の手形でいいから、額面一億のものを一六通用意してほしい。だめなら手を引く。」と言われてこれを承諾し、その翌日夜遅く、被告大山の金庫から三菱銀行用の手形用紙一六枚を盗み出し、同社の印鑑をほしいままに冒用して被告大山名義の金額一億円の約束手形一六通を偽造した上、被告宮入の本社に入って、同社の印鑑を同様冒用して、同社の裏書を偽造し、翌日これらを清家に交付した。本件手形はこの一六通のうちの一通であり、受取人欄には手書で「株式会社宮入バルブ制作所」と記載されている。

(五) 沢成は、さらに清家から「自分も八方手を尽くしているがなかなかうまくいかない。ここまでくると一〇月三〇日支払期日の手形のジャンプを先方にお願いするしかない。他に方法がないから、ジャンプのために宮入バルブの手形を一枚作ってくれ。」と言われて、一〇月二二日ころ、前回と同様に、被告宮入の大金庫の中からさくら銀行用の手形用紙一枚を抜きとり、同社の印鑑等をほしいままに冒用して、金額二億円、支払期日平成四年一一月三〇日の被告宮入振出名義の約束手形一通を偽造し、翌日清家に交付した。

沢成は、一〇月下旬、清家から「一〇月三〇日支払期日の手形を引き上げるために、お前が作った大山興業の手形で回収資金を作るよう手配した。今すぐ浅草ビューホテルのロビーに行ってくれ。そこに俺の配下である鍋島隆という男が待っているから。」と言われて同ホテルに赴き、そこで、本件手形の第二裏書人である鍋島隆と面談した。鍋島は、「段取りは完全に終っている。今日金主のところへ行けば、お金を受け取れるようになっているから。相手はある信金の理事なんかをやっていた人で、これまでの経緯も理解した上でお金を出してくれると言っている。」などと述べて、本件手形の第三裏書人である大久保勝治を「その金主につないでくれた人だ。」と沢成に紹介した。大久保勝治は、いきなり「先方とはもう話がついている。すぐこれから金主のところへ行こう。」と言って、沢成を原告の事務所に連れて行った。沢成は、そこで原告の代表者と面談したが、原告の代表者から「宮入バルブや大山興行に今ここで確認を取ってもいいか」と言われて、「それは困ります。経緯は既にご存知だとは思いますが。」と述べてこれを押しとどめた。

(六) 鍋島は、住所不定で、京都の暴力団会津小鉄会の構成員であり、本件手形のほか、後記のとおり、沢成が平成四年一一月中旬に清家に言われるまま偽造した一二通の約束手形(被告大山振出、被告宮入裏書のもの)のうち、額面五〇〇〇万円の手形一通を中野という金融業者のところへ持ち込んでいる。

大久保勝治は、岩手県北上市所在の東京製鋼スチールコード株式会社に存勤中、業務上横領事件(組合員の積立金約三〇〇〇万円の使い込み)を起こして懲戒解雇され、地元にいられずに東京へ出てきたが、東京での住所も職業も不明である。

(七) 沢成は、平成四年一一月中旬、清家から「一一月三〇日支払期日の手形を急いで処理しなければならない。お金を出してくれるところは自分が何件か話をつけてあるが、念のため押さえの意味で数件同時に進める必要がある。大山興業の手形で、額面一億円を五枚、五〇〇〇万円を二枚、三〇〇〇万円を五枚すぐに用意してくれ。前と同じように宮入バルブの裏書もつけてくれ。さもないと時間切れになってしまうぞ。」と言われ、言われるままに前回と同様の方法で被告大山振出、同宮入裏書の手形一二通を偽造して清家に交付し、さらに、一一月二七日にも清家から「一日二日でお金を作るには、やはり、大山興業の手形ではだめだ。宮入バルブの手形でしかやりようがないから、とにかく宮入バルブの手形額面二億円のものを一枚用意してくれ。考えてる時間はない。助かりたいなら、急いで作ってきてくれ。」と言われてこれに応じ前と同じ方法で被告宮入振出名義の額面二億円の手形を偽造して清家に交付した。

(八) 平成四年一一月三〇日、同日満期の額面二億円の手形が取立てに回ったため、右手形を偽造したことが被告宮入の知るところとなった。

その後、沢成は、一二月二五日に至って右一連の手形偽造の全容を自白したため、被告宮入は、同日取締役会を開催して、沢成の取締役辞任と沢成を有価証券偽造等で告訴することを決議し、同社の告訴は平成五年二月一日警視庁捜査二課に受理された。

原告代表者は、本件手形について振出人及び第一裏書人である被告らに直接確認を取ることはもとより、銀行照会もしなかった。

2 右事実によれば、本件手形の振出及び裏書が真正でないことは明らかであり、本件手形の振出及び裏書が真正であることを前提とする原告の請求は理由がない。

(争点②について)

右事実によれば、被告宮入は、沢成に対し、単に「取締役」の名称を付与したのみで、会社を代表する権限を有するものと認むべき名称を付与していないことが明らかであるから、原告の被告宮入に対する商法二六二条に基づく請求はその前提を欠いている。

3  次に、右事実によれば、被告大山は、沢成に対し、常務取締役の名称を付与したことが認められるが、他方、同事実によれば、原告並びに本件手形の前所持人である鍋島隆及び大久保勝治は、右名称を信頼して本件手形を取得した訳ではなく、むしろ本件手形はいわゆる偽造手形であることを知ってこれを取得したものと推認されるから、原告の被告大山に対する商法二六二条に基づく請求も理由がない。

五  結論

よって、請求の減縮後の原告の請求はいずれも理由がないから、主文掲記の手形判決中、右減縮後の請求に関する部分を認可し、異議申立後の訴訟費用の負担について民訴法四五八条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官髙柳輝雄)

別紙手形目録〈省略〉

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